2014年9月号 Vol.04

日本橋 街大學 ニホンバシーモ・ビジネス楽部

Lesson.4 折詰弁当
深く“濃ゆい”が伝統の味
1.玉子焼
3つの玉子焼を同時に焼き上げられて一人前だという
2.めかじきの照焼
脂の乗った身を仕入れ、仕込みから調理まで弁松で行う
3.しょうがの辛煮
ピリッとした辛さが特徴の佃煮風
4.折箱
主に北海道のエゾ松で作られる。木の香りがおいしさを見事に引き立てる
5.野菜の甘煮
しょうゆや砂糖で濃ゆく仕上げられた煮物。「うまい」の語源は、「あまい」だとか
6.豆きんとん
おかずなのかデザートなのか、どちらにしろクセになる甘さ

ニホンバシーモ・ビジネス楽部の第4回講義は、
有限会社日本橋弁松総本店の樋口純一社長に、
日本橋 街大學講師のはらゆうこさんがお話を伺います。
弁松の“濃ゆい”味の秘密や、
一折の弁当に込められた熱い想いを知るほど、
信念を貫き通すことの素晴らしさを実感させられました。

※フリーペーパーではダイジェスト版ですが、ここでは対談の全容をご紹介します。

魚河岸のある日本橋だから生まれた「弁松」
はら
(聞き手)
弁松さんでは、お弁当の味を"濃ゆい"と表現していらっしゃいますね。
樋口 実は私が“濃ゆい”という言い方が好きで、使うようになったのです。
はら そうですか。ホームページに「味が濃すぎるとお感じになっているお客様、ごめんなさい。でもこういう味なのです。この味でなければだめというお客様、どうもありがとうございます」とあって、そこに信念を感じました。
樋口 うちの一番の特徴は、まさに味そのものなのです。なぜ濃いのかというと、単純に日持ちをさせるためとか、江戸っ子ははっきりした味を好むからだとか、砂糖が貴重だったときにあえて見栄を張ったとか、いろいろいわれています。ただ、この味が160年にわたって続いていることは大事に伝えていかなければならない部分で、もし召し上がったかた全員が口に合わないとおっしゃったら、うちの時代は終わるのかもしれません。でも、口に合うかたがいる限りはこの味を守っていくのです。
有限会社日本橋弁松総本店 代表取締役 樋口 純一さん
はら そこにこだわって作っていらっしゃるのですね。
樋口 美味しかったと言っていただけるのは、うちの味でお客様の心を揺さぶることができたことですから、弁当を作っていて一番うれしいときなんです。
はら 弁松さんの歴史について少しお伺いしたいのですが、最初はお弁当屋さんではなかったとお聞きしました。
樋口 今の新潟、越後高田生まれの樋口与一という初代が、文化7年(1810年)に魚河岸の人たちを相手に「樋口屋」という食事処を開いたのが最初です。ところが、魚河岸で働く人たちが扱う魚は鮮度が勝負なので、食事も途中で仕事に戻ることが多く、残りを竹の皮や経木(きょうぎ)などに包んで持って帰ってもらったところ評判が良く、そのうち全部持ち帰れるよう要望が出るようになったのです。
はら 日本橋に魚河岸があったから弁当が生まれたんですね。
樋口 三代目の樋口松次郎のころには持ち帰りが圧倒的に多くなり、完全に弁当屋になって「弁当屋の松次郎」、略して「弁松」になったそうです。それが1850年ですから、約160年前なります。
はら 弁松さんのお名前はそうだったのですね。
樋口 現存しているなかでは、うちが弁当専門店としては日本で最初らしいです。
弁当のなかの月に見立てて焼かれる卵焼き
はら 私も料理をしますが、お弁当って彩りを良くしたり、バランスを考えたり、煮汁が漏れないよう気をつけたりと、小さな箱のなかの宇宙みたいな感じがします。そういえば、弁松さんのお惣菜で、サトイモの「甘煮」と書いてあって、「あまに」かと思ったら「うまに」なんですね。
樋口 昔は「うまい」というのを「甘い」と書いたのです。「あまい味」が、すなわち「うまい味」だという認識だったのでしょうね。
はら こちらではその煮方担当とか、焼き方担当とか分かれているとお聞きしました。やはり老舗の味を守っていくためですか。
樋口 料理屋だったこともあると思いますが、最初から焼き物も煮物も一緒に覚えるのは無理なのです。まずご飯を詰めておかずを詰めるところから始めて、次に卵焼きからだんだん魚が焼けるようになって、それから初めて煮物の段階に進めるのです。
日本橋 街大學 講師 はら ゆうこさん フードコーディネーター/料理家
はら 卵焼きだけでも、難しいですよね。
樋口 難しいです。それを、うちの職人さんは3本の卵焼きを同時に焼きあげます。3本になると火のタイミングも全然違ってきますから、それができてやっと一人前です。
はら ちなみに、卵焼きの切り落としも販売されて大変な人気ですね。
樋口 うちでは1本の卵焼きを17切れに切るのですが、両端は弁当には入れられないのです。それを、あるときサービス品としてお客様にお出ししたところ、すぐに売り切れまして。ご要望に応える形で日本橋三越さんの売り場で土日だけと、平日は店頭でも出しています。
はら 並んででも買いたい気持ち分かります。その卵焼き、私のなかでは、江戸のものはもう少し焼き色が付いているイメージがあるのですか。
樋口 江戸百人一首のなかに、卵焼きを月に見立てて詠んでいる歌があって、弁当箱のなかでも月になぞらえて、ああいう焼き方にしています。
はら そうだったんですね。納得しました。それぞれの食材は、季節によってもコンディションが違っていると思いますが、それをいつも同じ仕上がりにするのは大変な苦労があると思います。
樋口 若手の作ったものも料理長がちゃんと味見をして最後の仕上げをしています。また、夏場など汗をかく季節には塩分の補給が必要なので、少し調整したりもしています。ですから、マニュアルは作れなくて、本当に経験値の世界なんです。立場上、私がこうして表に出ますが、やはり現場でやっている職人さんが主役なんです。
はら でも、トップがそういう風に思っている会社というのは、従業員のかたにも思いが伝わり、誇りを持って働けるのだと思います。
仕事を通じて自分のやりたいことを見極める
はら 三越さんのなかの弁松さんにも行くのですが、年配のかたからお勤めされているかたまで、お客様の層も幅広いですね。
樋口 常連さんはやはり年配のかたが多いのですが、イベントなどで試食していいただくと、10代でも、すごく美味しいといってくださるかたがたくさんいます。そういう、若い世代にアピールしたいと思って、講演会の依頼などをいただくと、積極的に行って、必ず試食をしてもらっているのです。
はら そんな素晴らしい講演会があるんですか(笑)。私は、弁松さんの「タコの桜煮」と「つとぶ」を食べときの美味しさが衝撃的でした。
樋口 タコの桜煮は、うちが初期のころからあるものです。実は、タコの照りの部分に使っているは、うちの野菜の煮物の煮汁なので、他では絶対にできないのです。メカジキの照り焼きも、照りは甘煮の煮汁をベースにしています。
はら それは、美味しいに決まっていますね。そういうお話を聞いて、すます弁松さんのファンになってしまいました。私は街大學の講義をするようになって、改めて日本橋の良さを実感するようになりました。日本橋には老舗がたくさんあって、美味しいものがあるんだってことを、皆さんにもっと知ってもらえる機会を作る必要があると思っているのです。
樋口 本当にそうですね。
はら 街大學を通して、日本橋で働くかたと知り合う機会も増えてきているのですが、社長さんから働く若いかたにメッセージがあればお願いします。
樋口 そうですね。私の場合だと、弁当屋ではなく「弁松屋」をやっているという感覚なのです。つまり、単に空腹を満たす弁当ではなく、家族で旅行に行ったときにうちの弁当をみんなで食べたことを思い出してもらえるような、そんな大切な思い出のなかに出てくる道具として使っていただきたいと思っているのです。ですから、皆さんにも、それぞれの仕事を通じて何をやりたいのかというのを、明確に考えることが大事だと思うんです。それを見極めると、仕事も毎日の生活もきっと楽しくなるんじゃないかなと思います。
はら ありがとうございました。
弁松総本店 樋口社長の仕事の教訓 仕事を通じて成し遂げたいことを明確にする
日本橋弁松総本店

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