2014年9月号 Vol.04
妄想版 英国人フードジャーナリスト マイケル・ブースさん 日本橋を食べる
日本語版記事
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TEXT:Michael Booth 訳:寺西のぶ子
日本を旅して、食べて、書き綴った英国人フードジャーナリストのマイケル・ブースさんが、日本橋の食についてエッセイを執筆。ニホンバシーモ独占書き下ろしです!

ハリウッド映画によく出てくる、お決まりのタイプの図書館司書みたいといえばいいだろうか? もう何年も、僕にとって日本橋は、そういう図書館司書の女性みたいに生真面目で退屈なところだった。商売やビジネスにはもってこいだけど、僕みたいな食べ物好きの食指が動く場所ではない。僕のお気に入りのホテルのひとつ、マンダリンオリエンタル東京はそういえば日本橋にあるけれど、たとえそこに泊まったとしても、日本の首都で足が向く場所といえばいつも日本橋以外の街――まばゆく輝く新宿や銀座、あるいはもの静かな「文化的」地区、神楽坂などだ。

ところが、あるとき決定的瞬間がやってきた――図書館司書が突然メガネをはずして髪をほどく……すると、洗練されて、魅力的で、つい好奇心から覗いてみたくなる未知のものがふんだんに詰まった街が姿を現したのだ。その瞬間が訪れたのは2014年2月、そのときもマンダリンオリエンタル東京に滞在していた僕を、ホテルが紹介してくれたある女性が日本橋ツアーに連れ出してくれた。

彼女の案内で、四角四面のオフィス街はみるみるうちに変貌を遂げた。ツアーはまさに、日本の芸術や工芸の歴史、そして僕にとっては何よりもエキサイティングな食の伝統を知る実践レッスンとなった。ひっそりとした名もないような通りに、何百年も前から扇、紙製品、着物、海苔、鰹節、半ぺんなどを製造し、連綿と営業を続けてきた会社や店がある。僕は、これまできらびやかな街にばかり目が行って、日本橋に足を踏み入れようとしなかったことを悔やんだ。ひとりの外国人として日本橋を訪ねてみると、実は日本橋こそが東京の歴史の中心であるのに、この辺りをぶらつく観光客の姿はほとんどなくて、ここの魅力を発見したのはきっと自分だけだという、めったに味わえない感覚を楽しめる。極上の天ぷら屋「てんぷら山の上」、最高のおでん屋「日本橋お多幸本店」、立ち食いそばの「天亀そば」といった店も、自分が発見したのだという気にさせられるのだ(日本に着いたら、まずは冷たいざるそばを食べるのが僕の習慣ではあるけれど)。

  • 「てんぷら山の上」てんぷら定食 3,996円
  • 「日本橋お多幸本店」とうめし 390円、おでん各種
  • 「天亀そば」かけそば 250円
「吉野鮨本店」のにぎり鮨

そして、食べ物を愛する西洋人の僕がとりわけ感激したのは、世界に進出した日本の食べ物のなかでも最強の食べ物――江戸前鮨の発祥地に自分が今立っているという現実だった。世界中の人から愛されるファストフードといっても過言ではない(ロンドンでもニューヨークでも、ランチならサンドウィッチを食べる人よりも鮨を食べる人の方が多い)江戸前鮨が誕生したのは、19世紀の日本橋だ。江戸時代には、江戸城にほど近いこの辺りに大きな魚市場、すなわち魚河岸があった(1923年の関東大震災で壊滅状態となり、最終的に築地に移転した)。驚いたのは、日本橋には今も19世紀にまで歴史をさかのぼる鮨屋が何軒かあるということだ。1879年創業の「吉野鮨本店」もそのひとつで、現在の店主は五代目の吉野正敏さんだ。大きな影響力を持つ食べ物の起源を知るために何世紀も歴史を辿るなんて、フードライター冥利に尽きる。

「にんべん」の「日本橋だし場」 かつお節だし 1杯100円

けれども江戸前鮨の歴史は、古いとはいうものの、日本橋で食べられる日本料理のなかでは比較的新しい方だ。その後4月に東京を訪れたとき、僕はフジテレビの番組『新報道2001』のクルーと一緒に、鰹節専門店「にんべん」の「日本橋だし場(NIHONBASHI DASHI BAR)」へ行った。店内に入ると、たとえようのないアロマが鼻をくすぐり、質の高いだしに触れるときの常で、腕の毛が逆立った。どうして、今まで誰も考えつかなかったのだろう?だしのテイスティングバー?天才だ!でも、「にんべん」はこんなにも革新的でありながら、一方では歴史の古い日本橋の名所でもある。3世紀以上も前から、鰹節を作り続けているのだ。「日本橋だし場」で味見できるのは、日本料理の本質、基礎の基礎だ――乾燥させて燻して熟成させてから削った鰹節と乾燥させた昆布から抽出されるだしには、独創性と依存性があって旨味がたっぷり詰まっている。一度口にしたら最後、作りたての本物のだしの風味に永遠につきまとわれる羽目になる。もしも、「にんべん」の「だし場」の海外フランチャイズを手に入れることができたら、僕はだしにちょっぴり醤油をたらしてすすりながらひと儲けができる!

「山本海苔店」の海苔

素朴で歴史の古い食品店は他にもある。ひとつは、1849年創業の「山本海苔店」だ。海苔というのは、いかにも日本らしい独特の食べ物だが、逆に、僕の目から見るとそうでもないのが150年以上前に創業した極上の飴の店、「榮太樓總本鋪」だ。金鍔という、英国風にいえば、ボイルドケーキに近い菓子も販売している。そして、欧米の人たちにはまったく想像できそうにないのが、「神茂」で売っている食べ物だ。半ぺん(フィッシュケーキ)とかまぼこ(フィッシュペースト)は、魅力的でうまいながらも、欧米人の目にはとても奇異に映る。それからもうひとつ、僕が気に入ったのは「板倉屋」のみごとな和菓子や人形焼だ。人形焼は陽気な人の顔をとても丹念にかたどった饅頭で、顔にかじりつくなんてちょっと気が咎めてしまう。ちょっとだけ。

  • 「榮太樓總本鋪」名代金鍔 1個195円
  • 「神茂」手取り半ぺん 422円
  • 「人形焼本舗 板倉屋」人形焼 七福神(5個入り) 500円

日本橋は、今すぐにでも世界に広めてしまいたい東京の隠れ家だ。今度また日本へ行ったら、日本橋の路地を歩いて、未知の宝石を探したり、何世紀にもわたる歴史をのぞき見したりするのが今から楽しみだ。

ニホンバシーモ 2014年9月号 vol.04