2015年9月号 vol.10

そして自分を磨きなさい。

いま世界一と称賛される靴ブラシが日本橋にある。職人が最高級の毛を一つひとつ丁寧に植え込み、いくつもの工程を経て完成するその靴ブラシは、現在、残念ながら個人が入手することはできない。

そんなものづくりの現場を尋ねたとき、江戸の伝統を継承する老舗の心意気と情熱に遭遇した。

東京の新名所として賑わう日本橋の外れ、小伝馬町駅近くのスカイツリーを眺める旧奥州街道に、大正モダンの面影を残した建物がひっそりと佇む。しかし創業1718年の「江戸屋」は、江戸刷毛や手植えブラシなど、約3000種類もの商品を取り揃える老舗の「道具屋」だ。

江戸時代から続く「江戸屋」、時の将軍 徳川吉宗から賜った屋号は伊達ではない。江戸刷毛の専門店として開業した当時は、庶民の生活にとって刷毛は欠かせないものであった。現代人にはあまり想像できないが、化粧やふすま張り、染色など、刷毛は江戸の人々の日常生活に欠かせない必需品だった。

ブラシの制作は、明治に入ってから。当初は、お台場の大砲の煤(すす)を取り除くという需要から始まったという。その後、庶民の洋装化や軍事需要が増え、業務用ブラシのニーズは拡大していった。近年では、洋服ブラシや靴ブラシ、ヘアブラシなど、個人客が買い求めるケースも増えている。

十二代目当主の濱田捷利(かつとし)社長は、自分たちが「道具屋」であることに強い信念と誇りを持つ。

「道具屋」とは、求める客の仔細なオーダーにとことん付き合い、真摯にその道具を作り続ける存在だ。確かに、時代の流れに応じた道具も増えている。パソコン用埃取り、歯ブラシ、孫の手ブラシなどなど。ただし、それは決して時代を先取りして発明された「商品」ではない。

我々は、常日頃から売れるために何かを開発したり、創作することに重きを置きがちだ。しかし、ユーザーの依頼に呼応して、間違いのない良いものを作ることに徹することで、新しい価値が生まれることもあるのだ。

「うちは道具屋ですから」という謙虚な言葉の裏には、マーケティングなどとは無縁の、江戸職方の凄みを感じる。

靴を磨く、洋服を磨く、歯を磨く…何かを磨くということは、結局のところ自分自身を磨くということに他ならない。だからなのだろうか、道具を大事にする大人が、とっても素敵に思えるのは。

江戸屋
中央区日本橋大伝馬町2-16
☎ 03-3664-5671
9:00~17:00
土・日・祝休み
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日々乃 喜績 hibino kiseki
1971年神奈川県生まれ。某企業でブランディングを担当する傍ら、さまざまな文化と場面を創る「仕掛け人」の顔を持つ。2014年10月には、企画・協力した「上体温のすすめ」(著者今津嘉宏/ ワニブックス刊)が刊行された。
ニホンバシーモ 2015年9月号 vol.10