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日本橋文明論

特別な場所「日本橋」における、些細なそれでいて特別なひと・もの・ことに焦点をあてていきます。

記事一覧
2016年9月号 vol.16
夢の続きは…百貨店で
2016年7月号 vol.15
ユタカなユカタ
2016年5月号 vol.14
猫とニホンダシ
2016年3月号 vol.13
最後の将軍
2016年1月号 vol.12
美男子の系譜
2015年11月号 vol.11
日本茶とミニマリズム
2015年9月号 vol.10
そして自分を磨きなさい。
2015年7月号 vol.09
江戸のファストフード
2015年5月号 vol.08
至高のシャツ
2015年3月号 vol.07
雛の節句のあくる晩
2015年1月号 vol.06
アンドロイドは日本橋の夢を見るか?
2014年11月号 vol.05
もうひとつの土用日
2014年9月号 vol.04
日本人になった英国人
2014年7月号 vol.03
日本橋で朝食を
2014年5月号 vol.02
「第一の矢」は放たれた。
創刊号 vol.01
ライオンは眠らない。
日本橋文明論とは

日本橋に流れる川の名前を知っている人は、それほど多くない。

隅田川と神田川を結び、皇居の内堀にも接するこの一級河川の名前は「日本橋川」。橋の方が有名になってしまった、世界でも稀なこの「日本橋川」は、全長5kmにも満たない。しかも、その上空はほぼ首都高に覆われ、姿をみせることはほとんどない。

明治時代、「文明開化」は日本橋を起点として全国に拡がっていったといわれている。文明といえば、むかし歴史の授業でも習ったように、川の存在が欠かせない。エジプト文明にはナイル川、メソポタミア文明にはチグリスユーフラテス川、といった具合だ。

しかし、当時の「文明開化」に大きな役割を果たしたのは、川よりもむしろ街道であった。日本全国をつなぐ大動脈として、物資はもちろん、流行や情報、そして数え切れない程の人を運んだ。昭和時代には、高速道路がその役割を担い、全国に拡がっていったが、それは今日の豊かな生活を形成する物流の根幹となった。

日本橋で生まれ、育ち、成熟した「文明」は、やがて日本を代表する「文明」へと進化を遂げていった。日本橋には、そんな他の場所には真似できない、本当の「粋(いき)」を育む精神が今も深く息づいている。

このコラムでは、この日本橋を中心に栄え、全国に発信されていく様々な「ひと・もの・こと」を、「日本橋文明」と定義し、常にリニューアルし続けるエピソードと新発見を紹介していくつもりである。

日々乃 喜績
hibino kiseki
1971年神奈川県生まれ。某企業で広告宣伝と戦略PRを担当する傍ら、さまざまな文化と場面を創る「仕掛け人」の顔を持つ。今年3月には、企画・協力した小説「病名のない診察室」(著者 豊田美加/ ワニブックス刊)が刊行された。